「 詩のボクシング」香川大会開催実行委員会

当実行委員会は、すでに朗読活動をしている方たちだけでなく、今まで表現活動をしたことのない方、詩を書いたことのない方などの内に眠る言葉を掘り起こし、新しい挑戦者を広く募ることを目的として活動します。

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声でなけら、いかん。

 声にできること。声でなければできないこと。

 詩のボクシングに出会ってからずっと続く、私のテーマです。

 「詩のボクシング」は、当日朗読されたものだけがジャッジの対象です。お申し込みの時点や予選の当日ももちろん、本戦に臨んでも一切の原稿の提出は不要です。当日、観客の前で肉声で披露したものが、あなたの表現のすべて……。これは参加者の皆さんの表現を信頼することであると同時に、皆さんの自由を最大限に尊重することでもあります。

 1997年当時、詩は「紙の上に書き落とされたものが至高」と思い込む人の多かった時代のまっただ中に、楠かつのりさんは「詩のボクシング」を発案し、以来15年間に渡って普及に力を注いできました。声にすることを「恥ずかしい」「下品だ」と決めつける人たちの中で、声の魅力を実感してもらえる場を作り、粘り強く、詩に声を取り戻す活動をしてこられた、とも言えます。

 「詩」という文字を「うた」とも読むことは小学生でも知っています。「うた」とは「うたう」ことです。古来より「詩」は、まずうたわれるものであったことを、多くの方がご存知です。にもかかわらず、書くことと声にすることの間には、ずいぶんと隔たりを感じていらっしゃる方が多いようです。

 楠かつのりさんは、これまで香川で開いてくださったワークショップの中で、いつも大切なことを分かり易く説明してくださっています。

 例えば「身の丈の声と言葉」ということ。卑下するでもなく、ステキな自分を演出するでもなく、自分にぴったりの等身大のことばで素直な気持ちを声にする。それは怒りであったり、悲しみであったり、喜びであったり、笑いであったり、様々です。また、書かれたことが事実であるか空想であるかということとも関係ありません。どんな内容であれ、そのことが本当にその人の腑に落ちているかどうかということかなと、私は解釈しています。

 それから、その「身の丈の声と言葉」をつきつめようと格闘することは、自分の内面と向き合うことでもあります。楠さんはそれを「知らなかった自分が向こうからやってくる、それに出会う時間」というような言い方をされたことがあります。自分とはこういうものだ、と自信を持って繰り出した言葉が、声にしてみるとどこかうすっぺらくウソくさいものに感じる。あるいは声に出すほどに気持ちがゆさぶられ、思わず涙が出てしまって驚く。声にして初めて気づく、本当の自分かもしれません。

 書いた段階でうまくだました自分自身が、声によって「身の丈」に連れ戻される。それは時に、プライドが傷つき、身ぐるみ剥がれたようなショックで、……そうか、ここが恥ずかしいんだ。ということは、無防備な本当の自分として誰かの前に立つことは、実は日常ではほとんどない、ということか……。

 それでも、いや、だからこそ、声でなけらいかん。

 声にできること。声でなければできないこと。

         声でなけら、いかん。

 この夏、知らなかった自分と出会うために。「詩のボクシング」にご参加下さい。

≪ 雨上がりには、いいことが待っているホームただいま受付中! ≫

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常任実行委員

shibokukagawa

Author:shibokukagawa


■□■ 実行委員長 木村恵美 ■□■

第4回「詩のボクシング」香川大会優勝
第6回「詩のボクシング」全国大会優勝



■□■ 副委員長 甲山万友美 ■□■

第2回「詩のボクシング」香川大会優勝
第5回「詩のボクシング」香川大会優勝
第7回「詩のボクシング」全国大会準優勝
 「詩のボクシング」香川大会
           司会進行担当



■□■ 副委員長 NASP'E ■□■

 「詩のボクシング」香川大会
        リングアナウンサー





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